イスカンダリア
ISKANDRIA
ジャンカー
グラディエイター
三全会トライアド
VASA
シンサ
ヴィリディアン
コラロン
ミリティア

 イスカンダリア。巨大都市メトロポリス。小さな青い星の上の膨大な人の集積。ひとたびは数十億の民の故郷であり、通商と情報からなる帝国の玉座にして、千の星系を統べていた。いまや市街は墓場であり、塔は倒れ、舗装は荒れて穴だらけだ。住民は武装するか、どこか深くに引きこもるか、異星体エイリアンに同化された悪夢のような姿となっているか。軌道には戦闘艦隊がひしめき、軍事活動はひっきりなしに続き、イスカンダリアを取り巻く暖かい海にはいつしか有害な生物が棲みついて人体を侵す毒素を惑星中に振りまいている。人々はここで死に続ける。  

  かつてはこうではなかった。“覇王グレイトタイラント”イスカンダールが立ち上がったとき、人類世界の辺境に位置する多くの星々が、父祖なる太陽系にて鼎立同盟トリパータイトを構成する四つの勢力からの圧制に対する団結と反抗を知った。アルカディアン=ヘリオスの二重星系の開拓者こそはイスカンダールであり、彼の非凡な魅力カリスマによって築かれた帝国はこの星系を中心とし、二つの大陸を持つ海洋惑星キュクロプスがその帝都とされた。 彼の成功と富、そして 栄光に満ちた帝国の下で、キュクロプスの無数の都市は巨大化して互いに融合し、ひとつの揺るぎない城市となった。 イスカンダリアである。

 アルカディアの姉妹星、白色矮星ヘリオスは、人類にとってのこの星系の価値 を計り知れぬものにした。 超光速航行を可能にする星々の道は、莫大な質量による重力場歪曲によってのみ生みだされる。ほとんどの恒星の生みだす重力窖グラヴィティウェルは近隣の星系へと繋がるのがせいぜいであり、より長い旅を可能とする星はごくわずかだ。そして、人類の帝国の中心に位置する死せる巨星リヴァイアサンのような、ほんの一握りの選ばれた星だけが、数百、数千の星系を繋ぐ超長距離航行を可能にする。ヘリオスこそはそのような星のひとつであり、その最も近い居住惑星であったキュクロプスは人類宇宙の最大の拱廊惑星ゲートワールドのひとつとなった。それこそがイスカンダールが暗殺された理由であり、人類の旧い各勢力がアルカディア星系の領有を再び主張し始めたのはそれからすぐのことであった。長く待つほどもなく、イスカンダリアは鼎立同盟トリパータイトによって分割された。人類を生んだ地球より来たったヴィリディアンはその北部に樹々の生えた楽園を作り、アイアングラス帝国の戦う民ジャンカーは荒れた東部の都市に工場と溶鉱炉を建て、人と機械の融合を目指すシンサの生体工学者たちは南部区画を彼ら自身を象徴する都市へと変え、重力窖グラヴィティウェルの管理者にして鼎立同盟トリパータイトの銃持つ調停者たるVASAは西部を取るとその繁栄を謳歌した。四つの勢力が入り混じるイスカンダリアの中央部は、スプロール、自由都市フリーシティとして知られるようになった。惑星にはひとときの安息が訪れた。すべての勢力の持つ軍事力は監視され、最小限へと抑えられた。

 人類は、この宇宙に唯一の存在というわけではなく、銀河東部辺境ではもはや数世紀にわたり猛悪なるコラロン種族が鼎立同盟トリパータイトの進出に対する大いなる障害となっていたが、それらの星々は人類帝国の中枢をなす裕福な拱廊惑星ゲートワールドからは遥かに遠く、異星人による侵略は大きな脅威とは見なされていなかった。 しかしなが ら、泡状歪曲空間ワープバブルを駆使するコラロン種族には重力線が走る多次元時空であるn空間を自由に行き来する技術があり、拱廊惑星網ゲートワールドネットへの侵略は遥か昔より計画されていたのだ。後に大侵攻と呼ばれることになる侵略戦において、この異種族は人類世界の五つの主要星系に大規模な同時攻撃をかけた。 アルカディアはそのひとつだった。

 コラロン。この奇妙な水棲種族は、ただ星々を征服するだけではない。 彼らはその地を侵食し、その地を彼らに同化する。 コラロンの技術の基盤をなす、彼らの身体に共生しブルードの振るう強靭な鎌触腕から強大な宇宙艦隊までのすべての構成物となる珊瑚様の微生物が、ここではコラロン種族に遭遇した他の生命体を従わせ、変形させるのに使われる。コラロンがひとつの星を侵略するとき、その星は彼らにとって棲みやすい環境へと迅速に改良される。 そしてもし、人類がそこに居住していたなら、人類もまたこの異星人の好みのままにつくり変えられるのだ。コラロンに侵攻された拱廊惑星ゲートワールドでそれが起こった。 イスカンダリアでそれが起こったのだ。

 しかしキュクロプスでは、コラロンは多くの星々よりも遥かに彼らに適した居住場所を見出した。海洋である。 当初、彼らの軍勢はこの星の暖かい海へと潜んだ。地上の巨大な都市部は比較的無事に保たれた。しかしそれも、近隣の星系からの遠征艦隊に対抗するため、コラロンがその侵略を同化の段階に進めるまでのことであった。 艦隊の到着後すぐ、コララインの胞子が市街地へと振り撒かれた。都市の住人たちには恐るべき身体の変異が生じ、それを生き延びた者たちは、想像だにできないハイブリッド、最悪の殺戮者へと変貌を遂げた。これによって巨大都市メトロポリスへともたらされた混沌は鼎立同盟トリパータイトを構成する勢力たちの不安定な休戦がついに崩れ去ったことによってさらに拍車をかけられた。

 イスカンダリアのシンサは長きに渡って彼ら自身のうちに閉じこもり、自分たち以外の存在に対しては超然とした態度を取っていた。 しかし、コラロンの侵略に際し彼らが選んだ人類への驚くべき裏切りまでは、誰も想像だにしなかった。何の予告もなく、そして彼らのみが知る理由によって、新型の人造人間アンドロシンスの兵団が自由都市フリーシティになだれ込み、動くものすべてを殺し始めたのだ。シンサが長い時間をかけ、彼らの区画の地下深くにおいて秘密裏にこの非合法の軍団を準備していたことは間違いなかった。 これを受けて、他の勢力も即座に自由都市フリーシティへの介入を開始し、自らの権益を守り、溢れる難民を助けると同時に、互いに他の勢力を妨害した。その中立の外面を保つことに腐心するVASAは、表に出せぬ要求を満たすため、地下犯罪組織三全会トライアドと秘密裏の協力関係を結んだ。好戦的なジャンカーは、彼らの好む血腥いスポーツにおける熱狂的な殺戮者、すなわち闘技場コロシアムで闘う剣闘士グラディエイターたちを、自由都市フリーシティの無法地帯へと放った。これらの勢力が、母星の上司や上官への報告を口先で誤魔化して自身の利益を追うようになるのに長くはかからなかったが、母星の支配者たちが制限つきの勢力争いというゲームにうんざりし、瞬く間に戦争に全力を傾注し始めるのだった。イスカンダリアに内戦が始まったのだ。

 宇宙の他の場所では、人類はその不和を乗り越え、奪われた世界を解放しつつあった。 多大な犠牲を出しつつも、譲ることのできない決戦が各地で繰り広げられ、戦線を広げすぎたコラロンは星系から星系へと駆逐されていった。アルカディアは解放されるべき最後の星系であった。 トリパータイト鼎立同盟の連合軍が軌道上で繰り広げた壮烈な会戦は“アルカディアの暁”作戦の始まりを告げた。イスカンダリア解放軍には、各勢力の母星よりの援軍、突撃兵の連隊、多くの星々や遠征軍から集められた兵団、主力軽装甲兵CLAUなど市街戦に特化した新兵器の部隊などが含まれていた。

 しかしコラロンも手をこまねいていたわけではなかった。 水陸両面からの一連の攻撃によってコラロンはイスカンダリア中央部、二つの島大陸を繋ぐ幹線道路を制圧した。そして、通りやビル、すなわち都市そのものを異質に変容させる空前の同化作戦を開始したのだ。 いまや中立地帯と呼ばれる自由都市フリーシティでは、戦争が全く無秩序に繰り広げられている。戦線、そして戦争の行われ方そのものまでが、一日ごと、一時間ごとに移り変わってゆく。 侵略艦隊の残存勢力は人類の増援がイスカンダリアに到達するより早く軌道上から撤退したが、地上においては、星々の間の争いの行方はまったく予断を許さない。“アルカディアの暁”作戦への増援は連合軍としてこの星系へと到達したが、打ち壊され煙の立ち込める都市の廃墟において、彼らはもはや互いに銃を向け合っている。鼎立同盟トリパータイトの連合軍が示した、拱廊惑星ゲートワールドを人類の手に取り返すという驚くべき戦果は、人類がひとつの種族として活動した最後の記録として歴史に残ることになるのかもしれない。イスカンダリアに生じた、内戦と異星体エイリアンの跳梁という悪夢は、人類という種族そのものが分割される引き金となるかもしれないのだ。

 

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